痛みや不安について、そして父のこと

満ち潮と引き潮があるように

感情や状態は揺れ動きます

 

いまのわたしはたぶん引き潮

(たぶんすぐ満ち潮になるけど)

 

すーっと静かに引くように

自分や景色が静かになっていく感覚

意識がわたしの内側に集中する感覚です

 

良いとか悪いとかでなく

ただ静謐な感覚です

 

 

「痛み」や「不安」がそこにあるとき

昔は泣き叫んでました

(実際にそうもしたし、象徴として)

ヤダヤダしたり、

どーにかしてほしい、どうにかなれ、と思ったり、

周り、とくに身近な人にあたったり。

 

さらには、

治っても掘り返してはまたそれを反芻して

 

いつまでたっても治らないかさぶたみたいに。

 

 

 

いまは、

「痛み」や「不安」さらには「悲しみ」や「恐怖」

それらをただ「味わう」ことができるようになりました

 

味わうってどんなの。

という感じですが、

わたしは胸の前で小さな結晶のそれを

温め、手で転がし眺め、そして抱きしめる感覚です

 

そうすると不思議なもので

すーっと冒頭の静謐な時空間になります

 

「…あれ、怖くない。」

 

 

 

 

父は、

5年前の夏、64歳の若さで他界しました

癌が発覚して、1年すぐのことでした

 

父は、

非常に理知的で自立的で、かつ、とても優しい人でした

未だに地域の人に慕われ、毎年夏は、お神輿が家の前まで来てくれます

 

 

父は最期、

自宅での緩和ケアを選びました

闘うことをやめ、ただ毎日を最後まで父らしく生きてました

大好きな本を読んだり、映画をみたり

家の整理整頓をして、動けなくなってからは、家族に指示をして大量の本を処分して、

本当に大切な本だけ、本棚を作らせて並べさせました

その中には、

わたしがのちのち研究でインスピレーションを得ることになるものもありました

 

 

本当の最後の最後、その瞬間は、

自ら決めて母にモルヒネを投与してもらい、

わたしは

「たくさん出かけたよね。海とか山とか。楽しかった、ありがとう。」

そう伝えると、

目で応えてくれて

その数分後に息を引き取りました。

 

 

父は痛みや不安、

それから想像を超える恐怖やわたしにはまだまだ分からない感情を抱きしめながら、

最後まで

自分で自分の人生をいきてました

 

側で見たわたしは

悲しいけれど

なんて美しく強いんだろう、そう思いました

 

 

 

 

「痛み」や「不安」は、

それは嫌なものだけれど、

そこに世界の美しさがある、

と今は思います

 

 

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父にそっくりな、わたしの大きな耳

photo by 森さま