課題は存在しない、見つけてるだけ、と思っていること

 

 

小さい頃から自然が好きでした

そして、環境にも興味を持ってました

 

 

中学生くらいからかな、

全体的な消費のシステム、

使い捨てで、ゴミが多くて、乱雑なエネルギー、

それがすごく嫌で反発してたときがありました

 

ボランティアに参加してみたり、

色んな本を読んでみたり、

コンビニを経営してた親に反発してみたり、笑、

大学は地球環境過程(理学)に進んでみたり、

大学院は環境システム(工学)に進んでみたり、

しまいには、地元自治体の環境過に勤めたり。

 

 

環境バカ。笑。

 

 

そのプロセスでずっと感じてたことは

「これが良くない」

「これをもっとこうしなきゃいけない」

「変えなきゃいけない」

そういう感覚

 

分解すると、

現状の(誰かの)否定 ➕ なければいけない

という2つの要素からなる

ぐっと身体が縮こまるようなエネルギー

 

でも、実際解決や新しい方法、

光を見出して貢献した(ような気分になってる)ときもありました

 

 

でも、あるときふと気づきました

気づいたというかハッとしました

「わたしの最初の頃の、小さな頃の感覚ってどんなだっけ?」

「ただ、自然の中で戯れたり遊ぶのが楽しくて、それはただ楽しくて美しい感覚だったな」

「その大好きな自然のなかで、あれが良くない、こうしなきゃいけない、どうしよう、って考えてるものっているのかな。人間だけじゃないかな」

「究極的には、破壊され、滅びることだって、きっと自然も地球も受け容れてるんじゃないかな」

 

 

抗っていたのはわたしが世界を否定していたから

否定することによって課題が見つかるから

課題がみつかることによって自分のすべきことが生まれるから

自分のすべきことが生まれると…

たぶん、

自分の存在が承認されるような気がするから…

 

 

成長しようとするときに、

進みたい道の方向に、大きな石、

「課題のようなもの」はたしかに存在する気がするんだけれど

わたしはそれは課題というより「試練」という言葉がフィットして、

そしてそれは

騒ぎ立てたりするものじゃなくて、

その人自身が真摯に汗をかいたり悩んだりしながら、

静かに、

一人で、

乗り越えたり、迂回したり、または、そもそもこっちに進むのかな?と考え直したり

そういうものなんじゃないかな、というのがいまの感覚です

 

 

課題は存在しない

見つけてるだけ

 

 

 

貴方はどう思いますか?

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